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建築家と建てる「終の住処」

建築家と建てる家

建築家と建てる「終の住処」

自然と人に生かされ、心が自ずと閑になる住まい

建物名:
心自ずから閑なり
場 所:
東京都東村山市
住い手:
Y邸

Life

都心から電車で30分ほどの閑静な住宅街。四季折々の表情を見せてくれる自然豊かな八国山緑地は毎日の散歩コース。そばを流れる小川では時折カワセミにも出会える--。そんな絵に描いたような理想の郊外暮らしができる環境の下、いぶし銀の杉板張りの外壁に白の暖簾が揺れる、小さな旅館のような凛とした佇まいのお宅が、今回ご紹介するY様邸です。

長い都会暮らしから、郊外へ--自分らしく晩年を過ごす家

家づくりのきっかけは、「ずっと都心寄りの賃貸に住んでいたのですが、年を重ねてこのまま賃貸で暮らすことに不安があったのが一番の理由ですね」とY様。それまで3年ほど建売や中古のマンションなども検討しましたが、“一般的な間取り”が、自分の理想の暮らしにフィットしないなと漠然と感じたそう。こだわりを捨てずに晩年を穏やかに過ごせる家にしたいという想いを強めるなか、本誌を通じて参加したのが設計事務所・市中山居の自邸でのイベント『大人の火遊びのすゝめ』でした。

杉板張りの外壁と美しい庭はまるで小さな旅館のよう。庭の内外を仕切る板塀は、屏風のようにあえて完全に閉ざさず、ご近所の方がふらっと入って来られるように。
杉板張りの外壁と美しい庭はまるで小さな旅館のよう。庭の内外を仕切る板塀は、屏風のようにあえて完全に閉ざさず、ご近所の方がふらっと入って来られるように。

「市中山居の増木さんのつくる、すっきりと趣味のいい空間が理想的でした。『自前の茶室が欲しい』というのが希望の一つだったのですが、和風に寄りすぎるのも違和感があって。増木さんならバランスよくつくってくださると感じたんです」とY様。土地よりも前に、『市中山居と家を建てる』ということを決断し、いよいよY様の家づくりがスタートしました。

対話と検討を重ねた、唯一無二のオーダーメイド空間

まず市中山居の増木さんと始めたのは資金計画。晩年を安心して過ごせる生活費をもとに、土地と建物の予算を見定めました。次の土地探しでは増木さんと相羽建設の遠藤も一緒に現地まで足を運び、『Y様の理想の暮らしが叶うか』というところに重点をおいて、周辺環境や陽の入り方、風の通り方などの自然環境も一つ一つチェックしていったそうです。10箇所以上共に巡り、Y様が納得・即決したのが今の土地。「山が見えるのが実家の原風景としてあったので、どこからも狭山丘陵が望めるこの環境に巡り会えてよかったです。増木さんとはヒアリングや土地探しの中で強い信頼関係を築けて、常に多角的なアドバイスをいただけたので、本当の自分に気付くことができました」とY様。納得の土地選びができ、何より先に『市中山居と建てる』と決めたことはまさにベストな選択だったといえますね。

造園家の小林賢二さんの作庭。石と雑木の緑が織りなす自然体の庭が落ち着いた空間と調和しています。
造園家の小林賢二さんの作庭。石と雑木の緑が織りなす自然体の庭が落ち着いた空間と調和しています。
大谷石の玄関土間。向かって左に庭、右に茶室を配し、庭と茶室を緩やかにつなぎます。
大谷石の玄関土間。向かって左に庭、右に茶室を配し、庭と茶室を緩やかにつなぎます。
そばを流れる小川を思い起こさせる庵治石の水鉢。八国山から野鳥が水浴びに来るそう。
そばを流れる小川を思い起こさせる庵治石の水鉢。八国山から野鳥が水浴びに来るそう。
茶室から土間、庭を望む。扉を引き込むと、土間と庭が一体になります。「宝庵」のように低い窓が景色を美しく切り取ります。
茶室から土間、庭を望む。扉を引き込むと、土間と庭が一体になります。「宝庵」のように低い窓が景色を美しく切り取ります。

「設計期間は約1年。かかってしまったのではなく、ご依頼いただいた当初に全体スケジュールをY様にお伝えしていました。私たちが自宅を設計した経験から、理想の暮らしを実現するために、対話と検討を重ね、家づくりをお客さまに楽しんでいただくことを大切にしています」と増木さん。Y様にもわかりやすいように一般より3倍大きな模型で空間の検討をしたり、造作ソファーの布地のサンプルを何百と並べ一緒に選定したそうです。「設計期間は本当に楽しかったです。打ち合わせが長時間に及んだりもしましたが、一つのチームのような一体感が生まれました。印象に残っているのは、自分の体をオーダーメイドの服のように”採寸”してもらったこと。目線の高さやスイッチに自然に触れる高さなど、一つ一つメジャーをあてて測ってもらったんです。なかなかない体験でしょ?」と笑顔のY様。

リビングダイニングのソファーはY様の体に合わせ造作。布地は持ち込む家具や本人に似合うよう150種以上のサンプルから選んだそう。
リビングダイニングのソファーはY様の体に合わせ造作。布地は持ち込む家具や本人に似合うよう150種以上のサンプルから選んだそう。
寝室奥にあるWIC。着物を陰干しするハンガーパイプを吊るし、一目で探せるオープン棚などY様の体に合わせて造り付けました。
寝室奥にあるWIC。着物を陰干しするハンガーパイプを吊るし、一目で探せるオープン棚などY様の体に合わせて造り付けました。
リビングダイニングからつながる庭。濡れ縁に腰をかけ、ご近所の方とお茶を楽しんだり、庭で茶会を設けることも。
リビングダイニングからつながる庭。濡れ縁に腰をかけ、ご近所の方とお茶を楽しんだり、庭で茶会を設けることも。
漆喰(押さえ)壁は新雪のように光をきめ細かく反射し、北向きでも暗くありません。障子を閉めるとより落ち着いた雰囲気に。
漆喰(押さえ)壁は新雪のように光をきめ細かく反射し、北向きでも暗くありません。障子を閉めるとより落ち着いた雰囲気に。
庭に向かって斜めに振れた段差。「ここに腰掛け、庭の木々や水鉢を眺めるのがお気に入り」とY様。
庭に向かって斜めに振れた段差。「ここに腰掛け、庭の木々や水鉢を眺めるのがお気に入り」とY様。

特にその”採寸”が生かされているのが、長年の夢だったという茶室です。少し低めの開口高さや正座したときに見える景色、全てがY様の身体にフィットするように作られています。「茶室は以前Y様に招待されたお茶会会場の『宝庵』(北鎌倉)をモチーフにしています。Y様も私も『宝庵』の空間にとても惹かれて」と増木さん。両者の感性がぴしっと揃ったことで、由緒ある茶室のエッセンスに自身の心地よい寸法を重ねた、唯一無二の空間が実現しました。

織田流煎茶道の正教授でいらっしゃるY様。「市中山居が設計する住まいは窓の位置と切り取る景色が素敵ですね」とのこと。板塀は街の喧騒を消し、水鉢のせせらぎが茶室に響きます。
織田流煎茶道の正教授でいらっしゃるY様。「市中山居が設計する住まいは窓の位置と切り取る景色が素敵ですね」とのこと。板塀は街の喧騒を消し、水鉢のせせらぎが茶室に響きます。
地窓から覗く露地。床の間には四季折々、庭の草花を生け、おもてなしします。
地窓から覗く露地。床の間には四季折々、庭の草花を生け、おもてなしします。
露地にも小さな水鉢が佇み、清い風に吹かれるような心持ちに。
露地にも小さな水鉢が佇み、清い風に吹かれるような心持ちに。

「心自ずから閑なり(こころおのずからかんなり)」

細部までこだわり尽くされた空間に加えて、温熱環境もY様邸の魅力の一つです。八国山を眺められる北向きの間取りがお気に入りでしたが、寒さを気にしていました。でも、1年を通して暮らしてみると、夏は外気温が30℃を超えても1階はひんやり。北向きのメリットを十分に享受できました。冬は、OMソーラーによって家全体がじんわりと暖められ、ヒートショックなどの不安も和らいだといいます。まずは過ごしやすく、健康であり続けること。終の住処の第一条件ですね。

寝室とWICのそばにある水回りは、南向きで明るく、風が流れ、身も心も洗われます。お湯に浸かりながらお月見も楽しめるそう。
寝室とWICのそばにある水回りは、南向きで明るく、風が流れ、身も心も洗われます。お湯に浸かりながらお月見も楽しめるそう。
吹抜に面するワークスペース。「窓の向こうの景色を眺めて一息つきながら、毎日快適にテレワークしてます」とY様。
吹抜に面するワークスペース。「窓の向こうの景色を眺めて一息つきながら、毎日快適にテレワークしてます」とY様。

暮らして1年後の感想、これからの生活についてお聞きすると、「“やっぱりうちはいいな”と思って毎日過ごしています。理想の家が叶ったので、まずはこの豊かな空間や環境を楽しみたいです。あとは大好きなお茶やお着物、そういった昔からある”和の良さ”を伝えたい、人に提供したい、という夢もあるので、この家でその夢を叶えていけたらと思っています」と笑顔のY様。そんなY様は、李白の漢詩の一文「心自ら閑なり」のように、心が素直に 閑(しずか)になる暮らしをずっと願っていました。増木さんはその願いが叶うよう、この住まいをそう名付けたそうです。

2階寝室はまさに旅館。鳥のさえずりで目覚めたら、デッキテラスに出て陽の光を浴び、八国山の緑から活力を。夏には花火も見えるのだとか。
2階寝室はまさに旅館。鳥のさえずりで目覚めたら、デッキテラスに出て陽の光を浴び、八国山の緑から活力を。夏には花火も見えるのだとか。
寝室横のデッキテラス。横長の開口は八国山を美しく切り取り、開きすぎず落ち着きます。
寝室横のデッキテラス。横長の開口は八国山を美しく切り取り、開きすぎず落ち着きます。

施主と建築家の感性の融合と強い信頼関係、幾重もの対話と検討によって熟成された上質な大人の空間。相羽建設のYouTubeにてより詳しくルームツアーをご紹介しております。心がすっと閑かになる美しい環境、空間、所作をぜひご覧ください。

また、2023年9月16・17日(土日)に、増木さんご夫婦が設計した自邸の見楽会が開催されます。詳細はページ下部の「関連リンク」からご覧ください。

Movie

【ルームツアー】建築家と建てる「終の住処」

自然と人に生かされ、心が自ずから閑かになる住まい|設計:市中山居 一級建築士事務所

「心自ずから閑なり」 2022年竣工 延床24坪
設計: 市中山居 一級建築士事務所 増木奈央子
施工:相羽建設 造園: KOBAYASHI KENJI ATELIER 
写真:中村晃写真事務所(一部 相羽建設・市中山居)
取材・編集:増木奈央子(市中山居)/伊藤夕歩・吉川碧・猪股恵利子(相羽建設)

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