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「東京サレジオ学園」小金井管理棟

木造施設

「東京サレジオ学園」小金井管理棟

何十年先へ風景を残し、子ども達の暮らしを支える木造施設

建物名:
「東京サレジオ学園」小金井管理棟
場 所:
東京都小金井市

Life

東京都小金井市と小平市の境、都内とは思えないほど緑豊かで広大な敷地に建つ児童養護施設『東京サレジオ学園』をご紹介します。

相羽建設で建築施工を担ったのは、新設された『小金井管理棟』。
児童養護施設小規模化が国の政策として打ち出されている中で補助を充実させるため、小平市と小金井市それぞれの施設に分けて運営できるよう設備を整えました。

副園長の松浦さんは「管理棟は施設の中でも、子ども達の生活の場であり、心のケアの場として活用されている場所です。事務室やオフィスとしての機能も必要な反面、事務的になりすぎないでほしいという要望を取り入れてもらいました。子どもたちはトラブルがあると事務所に来ることが多いので、木造のあたたかみのある自然素材の質感は心の安定を支える要素になりますね」と語ります。

木造にこだわった理由は他にも、一般流通の建材を使用して修繕や改修が可能なこと。
今後何十年と施設を運営していくなかで、制度や社会的ニーズに合わせて間取りの変更や設備の更新をしやすいことが挙げられます。

もう一つ松浦さんや職員の皆さんが大切にしたことは、サレジオらしい風景を残すことでした。
「子ども達が卒業した後も遊びに帰ってくることがあります。建物は新しくなったけれどサレジオだなと感じてもらえるような、以前の建物との親和性があるデザインをお願いしました」と松浦さん。

今現在施設で暮らしす子ども達はもちろん、東京サレジオ学園で育った全ての人の心に寄り添う取り組みや、その想いをサポートするための建築をご紹介します。 

東京サレジオ学園での子ども達の暮らし

東京サレジオ学園は、カトリック修道会『サレジオ会』の精神に基づいて運営されています。
児童98人に対する職員数は約120人。
大切にしているのは、子どもたちが『自分らしく生きていく力』を養うことであり、心のケアを行いながら、手を添えるような関わりを意識して取り組んでいます。
2〜18歳の子どもが過ごす学園での生活基盤は共同生活。
職員が入れ替わりでサポートする中で、縦割りで年齢の離れた子どもたち数人が一緒に暮らしています。

事務長の佐藤さんは「高校生と幼児の同居が難しいケースでは、同年代での生活に変更するよう柔軟な対応を心がけています。季節行事も大事にしており、職員と子ども達が家ごとに出かけていくので家族旅行みたいな感じです。毎年海にキャンプに行ったり、スキーに行ったり盛りだくさん」とお話しくださり、親身になって一緒に生活を営む様子が伝わります。

 目を見張るほど細部までつくり込まれた建築や造作家具が美しい大聖堂
目を見張るほど細部までつくり込まれた建築や造作家具が美しい大聖堂
家が暮らしの場となり子ども達がそれぞれ6名ほどで生活を営む
家が暮らしの場となり子ども達がそれぞれ6名ほどで生活を営む

食事は、それまでセントラルキッチンでの調理が中心だったところを18年前に対面式のキッチンに改修。
職員がそれぞれの家で子どもの顔を見ながら調理できるようになりました。

「子どもたちは家庭や親など大切な繋がりが奪われてここに来ています。私たちからはできる限り豊かな環境をつくってあげたいという想いがあります」と松浦さん。

子ども達が生活を営む場だからこそ、職員の皆さんが『仕事』としてではなく、子ども達と暮らしを共にし、それぞれの人生に寄り添う姿に感銘を受けました。

インタビューの様子。向かって左から佐藤さん、 松浦さん、施工を担当した現場監督の荻野さん
インタビューの様子。向かって左から佐藤さん、 松浦さん、施工を担当した現場監督の荻野さん
子ども達一人ひとりに居室が用意されている
子ども達一人ひとりに居室が用意されている
天井が高く、たっぷり陽がさす室内
天井が高く、たっぷり陽がさす室内
職員の皆さんが子ども達の生活をサポート
職員の皆さんが子ども達の生活をサポート

新たな管理棟の役割

木の温もりが感じられ、落ち着いた雰囲気の小金井管理棟。
事務所や会議室、面会室の他に、一人暮らしの練習の部屋、心理療法室、ショートステイ、子育て広場、家族交流室など様々な機能を兼ね備えています。

2階のショートステイ用の部屋は別の事業として、小平市・国分寺・東村山市の3市の委託を受けており、保護者が出張で不在にする際や、お母さんが出産を控えた子ども達などが、最大1週間施設を利用することができます。
1階の子育て広場では、子育て支援として相談ができる事業も展開しており、地域に開かれた施設として管理棟を活用されています。

心理療法室は、愛着が十分に形成されていなかったり、心理的なトラウマを抱えている子どものケアをする場所。
体を使って遊ぶプレイセラピーや、ボードゲームを通じてルールの中で遊び、勝ったり負けたりということを学ぶことで、通常発達の子どもだけでなく、発達に課題のある子どもの成長もサポートしています。

子育て広場で過ごす様子
子育て広場で過ごす様子
窓からは子どもたちが暮らす家や庭の木々が望める事務室
窓からは子どもたちが暮らす家や庭の木々が望める事務室
エントランスの壁に聖母マリアとキリストの肖像を設置
エントランスの壁に聖母マリアとキリストの肖像を設置
様々な用途の部屋が連なる廊下
様々な用途の部屋が連なる廊下

受付カウンターやエントランスの壁には豊かな表情の広葉樹を使用。
この材は、以前園舎横にあった森で伐採したプラタナスの木を使ったものです。

「卒業生が帰ってきた時や地域の方と話をする時、プラタナスを建築に活用していることが大切なエピソードになっています」と松浦さん。

東京サレジオ学園の70年の歴史の中で大切にしてきたものを新たな建築に活かし、どう残していくかも管理棟の建築における大きなテーマでした。

プラタナスの壁と、石畳のようなタイルの組み合わせが素敵なエントランス
プラタナスの壁と、石畳のようなタイルの組み合わせが素敵なエントランス
風景を切り取るエントランス
風景を切り取るエントランス

子ども達の故郷となる景色をつくる

設計を担当したフジワラテッペイアーキテクツラボの藤原さんは「東京サレジオ学園さんは子どもたちの原風景となる建築にこだわられていて、卒園された子ども達が戻って来た時に、ここが自分の育った家と感じられる場所にしたいというご要望をいただきました。私たちも風景を観察しながら、ランドスケープも含めて、東京サレジオ学園らしい設計を心がけていました」と当時を振り返ります。

学園のシンボルでもある、明るい赤茶やオレンジ色が特徴の『サレジオ瓦』に近い色味を再現したり、プラタナスの伐採樹木を建材として活用するなど、その想いに応える様々な施策に取り組んでいます。

「子ども達には、頼ること助けを求めることは弱いことではなく、社会と繋がっているからこそ誰かを頼ることができるということを、生活の中で学んでもらいたいと考えています。以前の建物ができてから40年が経ち、状況が大きく変わっています。時代の変化に対応しながら、子ども達と職員との信頼関係を築くのに適切な場所をつくっていただいたことをとても感謝しています」と松浦さん。

長年一緒に取り組んできた職員の皆さんと対話を重ね、その想いをフジワラボさんへぶつけ、打ち合わせを重ねて管理棟が完成しました。

サレジオ瓦の丸みや立体感のあるデザインが 風景に柔らかく親しみのある印象を与える
サレジオ瓦の丸みや立体感のあるデザインが 風景に柔らかく親しみのある印象を与える

戦争孤児を受け入れる施設として創設され、創立以来1日も休まずに運営されてきた東京サレジオ学園。
その歴史の中で、建物は様々な変化を経て現在に至ります。

「1年間施工に携わる中で、季節ごとに風景に変化があり、子どもたちが育っていく場所をつくったという実感が湧きました。その風景の中の一つである管理棟という大切な建物を施工させていただき、すごく光栄に感じています」と現場監督の荻野さん。

完成して終わりではなく、修繕やリフォームなど関わりを持ちながら、地域の事業をサポートしていけることが地域工務店の強みだと改めて感じました。

管理棟2階のショートステイ用の部屋
管理棟2階のショートステイ用の部屋
 親御さんと子どもが一緒に宿泊体験をする部屋
親御さんと子どもが一緒に宿泊体験をする部屋
会議室
会議室
プラタナスの伐採樹木を活用した看板
プラタナスの伐採樹木を活用した看板

フジワラテッペイアーキテクツラボ代表 藤原徹平さんに聞く、東京サレジオ学園の未来をつくる建築とランドスケープ

神宮前のオフィスに伺い、フジワラテッペイアーキテクツラボの藤原徹平さんに、東京サレジオ学園小金井管理棟の設計についてお話しを伺いました。

計画のきっかけは、同じサレジオ会が運営する児童養護施設『星美ホーム』の建築に携わり、相談を受けたことに始まります。
基本構想に約1年。その後、施工者として相羽建設に依頼をいただきました。

建物を建てることに留まらず、風土や人、組織とのつながりを考えてデザインされたプロジェクトを多く手がける藤原さん。
地域に開く施設としての建築や、大雨の被害を受けやすい環境を配慮し、東京サレジオ学園らしい日常の風景を残していくためのランドスケープについてお聞きしました。

Q1.東京サレジオ学園の建て替え・改修で大切にしたこと

私たちはランドスケープや施設の長期的な運営計画など、設計に入る前段階をできる限り真剣に考え、何をつくるべきか、本当に建物をつくるべきなのかということを建主と一緒に議論することを大切にしています。
東京サレジオ学園は、打ち合わせをしていると横で子ども達が遊んでいたり季節ごとに景色が変わったりという日常の風景が印象的な場所でした。

40年前に建てられた旧施設は、排水環境や設備の老朽化、空間の可変性における課題を抱えていました。
その中で、東京サレジオ学園らしい風景を残すことにこだわり元の建物をリスペクトしながら、どう時代に合ったものにつくり変えていくのかということを一緒に考えていきました。

管理棟の壁面や看板、受付カウンターに使われているプラタナスの伐採樹木
管理棟の壁面や看板、受付カウンターに使われているプラタナスの伐採樹木

Q2.管理棟の設計で大切にしたこと

見守りと交流の両方を担う空間づくりを意識しました。
18歳で卒園した後、帰る場所は職員のいる管理棟になるため、居心地が良く馴染みのある場所という雰囲気を大切にしています。

心理療法室や家族交流室などは多機能であり、様々な悩みを相談する場所なので、周りが植物に囲まれていて気持ちいい空間を心がけました。
親子の関係を整理して、回復していく前向きな場所。
そういうものは、少子化社会の中でますます必要なものかもしれないと思いました。

窓の外には鮮やかな緑が
窓の外には鮮やかな緑が
ランドスケープデザインを担当された稲田さん
ランドスケープデザインを担当された稲田さん

Q3.伐採樹木を建築に取り入れた経緯

調べていくうちに、以前は野原だった場所に、土壌の水分量が多い地域だからこそ40年で森ができたということが分かりました。
多くの木々が巨木になり、台風などによる倒木リスクもある状況だったため、将来に向けてランドスケープと森の計画を練り、伐採に踏み切りました。

ただ、伐り倒して終わりということではなく建築の中に取り入れることで、子ども達にとって馴染み深い森の木々を、より身近に感じる仕掛けをしています。

Q4.東京サレジオ学園のランドスケープデザインについて

子ども達にとっては門を入って聖堂が奥に見え、木々に囲まれた雰囲気が、家に帰ってきた安心感につながると思います。
樹種は風に揺らぐススキや、葉と葉の間から光が通りやすい樹種を多めに植え、引いて見た時に風景を支える1要素として見えるよう計画しています。

建物の配置計画は入口としての正門からの風景が変わりすぎないように既存樹を残し、その後ろに小金井管理棟を配置しました。
何が新しくなったか分からないと思われたら最高だなと思っています。
控えめで主張しない建築をつくりたいと考えていました。

Q5.東京サレジオ学園について思い描く未来を教えてください

児童養護施設は様々な理由で社会的養育が必要な子どもが生活をしていますが、施設にいなくても親子関係や子育てに悩みを抱えているご家庭はあると思います。
そういった方々に向けて、親子の関係を考えるきっかけを与えるような対話の場、考える場を、児童養護施設が地域に開放しながら提供していくことも求められているのではないでしょうか。

施工を地域の工務店である相羽建設に依頼して、東京サレジオ学園がより家を大切に守っていくための地域的つながりを持てたということも、これからの在り方にすごく生きてくるだろうと考えています。

エントランスからの風景
エントランスからの風景

建築設計
意匠:フジワラテッペイアーキテクツラボ
構造:オーノJAPAN
設備:ZO設計室
ランドスケープ設計:ヒュマス(基本設計)+フジワラテッペイアーキテクツラボ

施工:相羽建設株式会社
構造:木造2階建て

担当
営業:遠藤 誠
工事:荻野 照明・南條 愛佳
大工:本多 忠勝・阿部 昌行・谷口 智也
写真:伊藤 夕歩
編集:中村 桃子

面積:延床510㎡
竣工:2025年2月

※子ども達が生活する家は株式會社山菱工務店による施工

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